2014年05月22日

5月20日「allo,toi,toi」読書会

長谷敏司「allo,toi,toi」の新歓読書会。
レジュメはこちら

本読書会はレジュメを見ながら発表者が解説をするものになりました。
リンク先に上がっているレジュメは、当日になされた議論をもとに改訂したバージョンです。即興で黒板解説した「チャップマンが好き/嫌い」ロジックもばっちり収録しました。

今回の読書会にあたって、題材が題材だけに引かれやしないかどうか戦々恐々だったのですが、一緒に読み進んでいくうちに、普遍的でとても身近な誤解を(でもとってもディープに)掘り下げていく小説なのだと理解してもらえたようで安心しました。また発表者自身、真剣にこの小説と向き合うことで、他の作品にも通底する要素を明確に理解できたようで楽しかったです。


追記はレジュメの引き写しです。PDFを読むのが面倒なかたはこちらでどうぞ。「allo,toi,toi」新歓読書会

 長谷 敏司
 1974年大阪府生まれ。2001年、第六回角川スニーカー大賞金賞を受賞した『戦略拠点32098 楽園』で作家デビュー。2005年に開幕した『円環少女』シリーズでその人気を不動のものとする。2009年、ハヤカワJAから刊行された『あなたのための物語』で第30回日本SF大賞及び第四十一回星雲賞ノミネート。本作「allo,toi,toi」も星雲賞短編部門にノミネートされている。
 ニュータイプ誌上で連載された大長編小説『BEATLESS』も第34回日本SF大賞にノミネートされており、現在までメディアミックス企画が進行中。2014年3月にはMGSノベライズ『メタルギアソリッド スネークイーター』を刊行。現在はライトノベルレーベルでの新作が予告されている。
 作品リスト
・『円環少女』シリーズ
 シリーズ全十三巻 −−『円環少女』から『円環少女13 荒れ野の楽園』まで
・ITPシリーズ
 『あなたのための物語』、「地には豊穣」、「東山屋敷の人々」、「Toy soldier」、『天に無き星々の群れ フリーダの世界』、『戦略拠点32098 楽園』
・hIEシリーズ
 『BEATLESS』,「Hollow Vision」
・その他
 『メタルギアソリッド スネークイーター』、その他同人誌掲載作品など


「allo,toi,toi」詳細読解 
 本作品を中心を成す構造「好き・嫌い」の生まれるメカニズムは読解の上のうえで欠かせないが、一読して理解するのは難しい。複雑に入り組んでいるうえ情報が小出しに出されるので、全体像を掴むのが難しい。結果、なんとなくで読んでいる人が大半だと思われる。以下では、そのメカニズムを本文に即して読み解いていく。頭に入れてから作品を読み直すと、また違った感想が得られるであろう。その後、「子どもが好きだ」というキーセンテンスを、メカニズムに即して解説する。そして最後に、今までの分析を踏まえて、なぜチャップマンは殺されなくてはならなかったのかを本文に即して浮かび上がらせてみよう。

「好き・嫌い」生成チャート

本文中で語られる「好き・嫌い」のメカニズムは下のような4段階で分類される。これに〈「常識」のフィルター〉と、5段階目である「実行」を考えることで、作中の議論をほぼ包括できる。以下では、各段階の様子を、説明されている箇所を指定しながら概説する。

1. 入力
2. 「好き・嫌い」データベースの参照
3. 言語化・因果化
4. 省略
 〈「常識」のフィルター〉
5. 行動

1. 入力 p77~78
ケーキを食べることにあたる。
人が対象を感覚した際に最初に起こる、「質の分析」と「生物的判断」を並行して行うステップ。「人間が他の動物と変わらなかった大昔」から継承される原始的な機能であることが読み取れる。
「質の分析」では、任意の特徴aを取得する。このaは何でもよく、後述する「好き・嫌い」データベースの基礎となる。「生物的反応」では、その対象が、生物的な次元で快か不快かを判定する。これは「好き・嫌い」の選択に大きく関与するが、絶対ではない。

2. 「好き・嫌い」データベースの参照 p113~118,p143~145
 《意識の最小時間単位》にあたる。
 「好き・嫌い」データベースとは、本文中によれば『数的に膨大な』『「好き・嫌い」の振り分けデータ』が織りなす“塊”のことである。作中の最重要ガジェット「アニマ」が干渉する領域。
 言い換えると、「好き・嫌い」データベースとは、 DB[α,β,γ…, A,B,C……]のように無数の要素として蓄えられている特徴と、「好き・嫌い」とを、「生物的反応」・「社会的文化」の二つの作用をもとに結びつけた複雑なネットワーク。価値判断のフィードバックによって、データベース内の要素と「好き・嫌い」はつねに再評価され、更新される。
 好き(α)、好き(β)、好き(γ)/嫌い(A)、嫌い(B)、嫌い(C)が編集され、好き[α,β,γ……]/嫌い[A,B,C……]として二分化/データベース化されると考えると直観的に分かりやすい。
人間は、対象に対して「好き・嫌い」を選択し、DBの要素のうちから特徴を任意の数選ぶ。これを仮にXと呼ぶ。
ケーキの例では、データベースから要素として特徴「甘い」を選択している。しかし本文に即して読むなら、「白い」や「めでたい」といった特徴も選択しているはずである(ケーキは白いから好き、ケーキはめでたいから好きでも意味は通じる)。Xと「好き・嫌い」は一対一対応でないことに注意。

3. 因果化・言語化 p101,p108
『好き-甘い』から、『甘いから好き』に移行する段階にあたる。
4とセットで説明される処理段階。この段階で、「好き・嫌い」と、データベースに格納された「記号」、すなわち特徴と混在して送信される。「好き」「だから」「甘い」というのは、言語が為せる錯覚である。ケーキの例では、『好き-甘い』であり、『好き-白い』であり、また『好き-めでたい』とも言い換えることもできる。
 言語化しようとするとき、特徴と「好き・嫌い」を結びつけて因果関係を生成する。ケーキの例では、『甘いから好き』/『白いから好き』/『めでたいから好き』のように変換される。
  
4. 省略 p150
『ケーキは好き』にあたる。
 当人の脳機能のなかで起こる事象としては最終段階。ここで初めて、「対象」が「好き・嫌い」と結びつけられ、特徴としてのXは意識できるが省略される。
 ケーキの例では、『ケーキは甘いから好き』/『ケーキは白いから好き』/『ケーキはめでたいから好き』となるが、往々にしてこの特徴部分が省略されて『ケーキは好き』の結果のみが出力される。

 〈「常識」のフィルター〉 p112,p145~146
 一個の肉体から離れたところで発生する重要なファクター。ケーキの例では適当な説明がないが、「性犯罪」や「犯罪者の人権擁護」といった形で現れる。作中では、〈「常識」のフィルター〉が壊れた状態が犯罪者の集う刑務所であり、また正常に機能している状態が社会人として望ましい在り方として想像される。

5. 行動 p148
4で得た価値判断のもと、実際に発言したり要求したりすることにあたる。〈「常識」のフィルター〉に反した状態ならば、この6を実行せずに終わらせることが社会から要求される。5と6の境界線を「だから」で結ぶこと、すなわち<「常識」のフィルター>に反した状態であるのに実行することが、「致命的な誤読」となる。

「子どもが好きだ」とはどういうことか

 メカニズムに即して、作中の主題、チャップマンの「子どもが好きだ」という発言を分解する。この筋道を正しく理解することが、チャップマンとリチャードの最終部での「接近」を読み解いていくうえで重要である。

1. 入力
「ある一人の子どもを見る」ことにあたる。
「質の分析」と「生物的反応」がおこなわれる。「子ども」は生命の存続にとってもっとも重要なものであるので、「生物的反応」は快を返しやすいことが予想される。

2. 「好き・嫌い」データベースを参照する
《意識の最小時間単位》にあたる。
 チャップマンの欲望や社会的要請がここで機能する。p83,p143で見るように、子どもに対して、平均的な人のデータベースにおいても、特徴は大量に蓄積されており、それらは生物的反応や社会的要請のもと「好き」と強く結びつけられている。
 ところで、「好き」とは「欲望」である(p77)と作品は定義している。「欲望」は、「何かが欠けているからこそ、その欠けた部分を補いたくて人間関係をつくる」(p93)より、人間関係においては「好き」=「欲望」=「穴」を埋めるものという等式が成立する。
 チャップマンにも同じく「穴」があって、その穴を埋めたい気持ちこそがメグへの好意の源泉になっている。そのチャップマン固有の「穴」を「ぴったり埋める」ような要素の集合が、データベースの絶え間ない再編集の結果の「好き」の要素集合=好き[α、β、γ……]=選択されるXとして現れてくる。この要素集合・重層的なXこそが、アニマが幻視させる「継ぎ接ぎの少女」である。この継ぎ接ぎの少女は「妄想」であって、メグの全人格とはまったく無関係に存在する。
 リチャードの場合でも、形は違えど自分の娘にたいして何らかのXをもっているはずである。チャップマンとリチャードの差異は、選択される内容が異なっているという点であろう。たとえば、チャップマンのXのなかに「性的である」という要素は含まれていたはずだが、リチャードのXのなかには含まれていないと考えられる。しかし、リチャードが性的な不満足を抱えるようになったとき、このXのなかにそれが混入してくることも十分考えられる。

3. 言語化・因果化
『好き-X』にあたる。
チャップマンの脳に「好き」と紐付けされたXが混在して送信され、言語化・因果化されて「Xだから好き」となる。
 繰り返して述べるが、ここでのXは重層的な要素集合であり、継ぎ接ぎの少女そのものである。メグにたいする「Xだから好き」は、メグ自身の人格とは無関係に存在している。 (p105~106)

4. 省略
『少女が好き』にあたる。
このように省略されてしまうと、言語の意図Xは包み隠されてしまう。(p155はその一例)。

〈「常識」のフィルター〉
 1から5までの流れは、誰にでも起こりえるし、必ず起こるものである(『言語が必然的に起こすエラー』)。しかし、『子どもへの性的欲求がなくならなくても、その網から自由にならなくても、嗜好と行動は別物である』。それが社会の「常識」であり、ここでは法律という形で明確にフィルターが形作られている。

5. 行動
 Xの省略された「誰かが好き」は、実際相手の全人格にたいして有効に伝達することがある(『受け手の興味しだい』p155)。それが通常の関係ならば、言語が本来もっていたXと他者人格の間で摺り合わせが行なわれる(『良好な恋愛関係のモデル』p106)ものの、チャップマンとメグの場合ではそれが存在しない。そのXと、メグ自身の人格とのコンフリクトこそが殺人を引き起こしたのである。

なぜチャップマンは殺されたか

 それでは、いままで考えてきたメカニズムを用いて、チャップマンに向けられる眼差しについて分析してみよう。チャップマンにたいしてリチャードは中立であろうと務めるが、刑務所に服役する囚人たちは、みなチャップマンが「嫌い」である。この「嫌い」はどうやって生まれてきているだろうか。
 まず囚人たちは、チャップマンを観察したのち、「好き・嫌い」データベースから「嫌い」に紐付けされた要素Xを取り出す。「男らしくない」は、このXのなかにまさに含まれる要素である。ここで重要なのは、囚人たちは「男らし」くありたいと思っているという点である。そして言語化・因果化され、「チャップマンは男らしくないから嫌い」となるわけである。リチャードの妻も同じような仕組みでチャップマンを憎悪する(この場合は、Xに含まれているだろう要素には、子どもの敵、などがよいだろうか)。
 囚人たちとリチャードの妻の決定的な差異は、〈「常識」のフィルター〉の点である。いわゆる近代国家以外では若年婚が当たり前に存在することを考えれば分かるように、その「常識」は相対化されうるものである(p118)。
 そして、リチャードが何度も感じるように、本作の舞台である刑務所は、現代社会が共有する「常識」が無化された空間である。
「常識」から考えれば、囚人にも人権はあるので大っぴらにチャップマンを迫害するわけにはいかない(p112)。しかし、「常識」が無化された空間である刑務所では、4と5の段階はスムーズに繋がってしまう。そういうわけで、チャップマンは刑務所でレイプされるのである。
 では、最終的にチャップマンを殺害するエヴァンズの場合はどうだろう。おそらくエヴァンズはチャップマンが「好き」だったと考えられる。彼が「好き」のデータベースから取り出すXは、従順だとか、鈍いだとかいった特徴であろう。ここまで見てくれば分かるように、人間関係において取り出されるXはその人の「穴」=「欲望」に依存する。エヴァンズは支配欲の強い人間であり、そうしないではいられないような「穴」を抱えている。このことは、エヴァンズの「ドラッグ・ディーラー」の生き方としてチャップマンにも推察されている。そしてそのような「穴」をぴったり埋めるような存在として、チャップマンはエヴァンズに妄想されている。しかし、チャップマンの妄想にたいするメグがそうであったように、投射される妄想は本人の人格に関わりなく存在する。このコンフリクトが、チャップマンの気取った挨拶によって表面化するのだ。
 「常識」が破壊された空間に住むエヴァンズは、エヴァンズのもつXと現実のチャップマンの人格とのコンフリクトによって、チャップマンを惨殺する。言語のエラーがもたらす災いからは、まさにこの薄皮一枚のフィルターによってしか守られていないのだ!




番外 長谷敏司作品既読者向け
 
他作品とのテーマ的関係について
 コミュニケーションの不全/コンフリクトは、いろいろな理由で発生する。究極的には、「自分は他者が感じるように感じることはできない」という古典的な命題に端を発するものである。この視点に立って、ITPというガジェット、および『BEATLESS』のキーとなるアナログハックという行為をみるとき、そこには深い相関関係があるといえるのではないか。 
 ITPは「経験や感覚自体を伝達する」ことで、神経生理学の側からこの命題を否定し、他者を完全なかたちで理解しようとするガジェットである。
 一方アナログハックは、「記号の集積」で行動するロボット・hIEが、まさに本作で扱われているような妄想を創り出して人間を騙す行為である。ここでは、人間が誰しももつ「セキュリティホール」=神経伝達速度の違いという視点が導入される。本レジュメでいえば、無意識/有意識の境界である2と3の間に介入すると考えられる。
 また、「allo,toi,toi」は、メグの全人格にたいしてチャップマンが目を向けようとすることで、彼の思索はブレイクスルーを迎える。しかし『BEATLESS』では、眼差されるレイシアたちには向き合うべき「人格」が存在しない。その向こうに何を見出すのかが、まさに『BEATLESS』が主題とするところではないか。

 また、本文の「コンフリクト」という議論からややずれるが、『円環少女』においても、他者に投射されるXと、当人の人格の問題は見て取れる。仁は己の思想から、舞花やメイゼルに眼差しを投射し、そこから「世界の良き半分」を見出そうとする。また、舞花やメイゼル自身が、仁にそのように眼差されることをからかって、自分を「神様」扱いしていると言う。そしてそのように眼差しを投射することこそが、神無き《地獄》において人々が世界を良きものとして信じるときの様式であると、アンゼロッタやエレオノールは語るのである。
posted by KUSFA at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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