2013年12月31日

第四回本格ライトノベル大賞各作品コメント

2013年も間もなく終わりを迎える今、皆様いかがお過ごしでしょうか。
去る10月に開催された京都SFフェスティバルの合宿にて、第四回本格ライトノベル大賞の選考座談会を行ないました。 討議の結果、第四回本格ライトノベル大賞受賞作は津田夕也先生の『《名称未設定》』に決定しました。
今年一年の締め括り、というわけでもありませんが、受賞作及び各ノミネート作へのコメントを発表いたします。例年より公開が遅くなったことをお詫び申し上げます。

 津田夕也『《名称未設定》』
『ドラえもん』について、みなさんは疑問に思ったことはないだろうか。なぜジャイアンやスネ夫の、あるいは私たち読者の子孫はドラえもんを送らないのだろうか。セワシ君の子孫もさらに未来の新型ドラえもんを送ってくるのだろうか。なぜ未来の道具は魅力的でありつつも、破滅的なほどに危険なのか。詳しい方にぜひ教えてもらいたいのだが、もしかするとこれらの疑問は、どれほど危機的な状況に遭遇しても日常の世界に戻ってこられるのび太という人間の潜在的なすごみと関係があるのかもしれない。世界を救った次の日に昼寝できぬようでは、引き出しから猫型ロボットは来ないのである。
 とりとめもなくドラえもんに感じるパラドクスについて語ったが、『名称未設定』はこのパラドクスに一つの解答を与えているように思う。セワシ君に代わり発端になるのは超遠未来の非常に抽象的な存在。その超遠未来では、過去の改変は毛筋ほどにも影響がない。東京から大阪へ何でどう行こうと関係ないとセワシ君は見得を切ったが、こちらの未来人の説明はミシシッピ川からだろうと隅田川からだろうと最後にたどり着くのは広大な海、というイメージの方が適しているように思う。暇を持て余した彼らは現代の少年少女にたいし、「ポイント次第で願いをなんでも叶えられる」という報酬を餌にして、「秘密道具」を使って殺しあいさせるのだ。未来人を視聴者にした「逃走中」などのゲーム系リアリティ番組を想像していただければよいと思う。
 ジャンルとしてはゲーム、戦略系異能バトルになるだろう。バトルの展開は非常に巧みでありながら、人命を余りにも軽視する秘密道具の破滅的な猛威によって漫画めいた滑稽ささえもつ。だが、バトル終了後は周囲の世界どころかプレイヤーの死すらを含めて巻き戻され、結果として、プレイヤーの報酬、つまりポイントが増減するだけ。自分の生命すら取り返しのつくデスゲームに彼らは参加することになる。ゲームの中の死でもなく、現実の死でもない、ゲームに取り込まれた現実の死ともいうべき奇妙な状況だ。そして彼らはその生死を賭けたゲームすらも取引の対象にして各々の流儀に従ってゲームしていくのである。たとえば、自発的に捨て駒になって死ぬキャラクターもいるし、自分の死に恐怖してゲームに参加するのを拒否しようとする者もいる。現実の生き死にを賭けたゲームでありながら多くのキャラクターの心構えとしてはネットゲームに近い。人間の現実の死が自分の死も含めて手段の一つとして扱われるという新しさに、常識が捻れていくような気味の悪さを感じる読者さえいるかもしれない。このゲーム性こそが本作の大きな特徴の一つである。
 キャラクター造形も注目に値する。若干のネタバレを御容赦いただいて、以下に詳述する。
 無気力系主人公(俺一人称女子であり内面は男子に近い)とその幼なじみの女装美少年、人はいいが優秀な部長という三人は、この過酷な状況において、ゲームそのものに熱中する事も、ゲームによって叶えようとする熱烈な願いを持つこともなく、どこか冷めてひょうひょうとしている。一般的にライトノベルにおいて男女間の恋愛というのは重要なモチーフかつ避けて通りがたい「縛り」であるが、保護者的立場の部長を除いた二人の関係は、男性性、女性性が奇妙にズラされたことで、男女間の恋愛という線を残しつつもその縛りから解放された、友情とも同性愛的連帯関係ともいえる状況になっている。
 また、敵役には熱烈な願いや底知れぬ狂気があるのだが、宿命論的な悲劇になりきれず、とぼけた味わいがある。彼らはラノベに非常に強い拘束力を持つキャラクター造形の縛り(主人公が女の子や世界を救うヒーロー物語、成長物語や破滅へとむかう悲劇)にある程度沿いつつも、自覚的な形で核心をズラされている。
 このような絡め手のようなキャラクター造形は通好みではあるが一般的な意味での盛り上がりを損なうのではとの批判もあった。しかし、たとえば二巻のある登場人物の悲恋などは、主観的にはまっとうな悲恋物でありながらも、悲恋のヒーローへの痛烈な批判とも読める。どちらか一方ではなく、二つの読みが同時に出来るような非常に自覚的で巧みな小説なのであり、キャラクター造形の縛りは否定されると同時に肯定され、さらなる高みへ、ライトノベルの従来の限界を超えた新しい、開かれた結末へと向かうのである。このようにまとめるとなんだか小難しく思われるかもしれないが、実際は肩の力を抜いた、いい結末だと思う。
 主人公敵役も問わず、彼らは世界征服するほどの力を持ちながらも、奇妙なほどに地に足が着いた、冷静で優しい子供達である。他者の個人的問題にも直接的に関わろうとしない点も含めて、現代の青少年の感性に近いのではないだろうかと思う。普通だったら他者とそれほど関わらず生活していっただろう彼らがこのゲームに参加することで、濃淡様々な人間関係の線が(アブノーマル含めて)幾重にも引かれていく。どれか一つに囚われることのないキャラクター達は、人間関係においても自由なのだ。
 まとめると、本作はキャラクター造形において、男女の恋愛関係という縛り、物語の既存の形式という縛り、特定の関係性の優位化、絶対化という縛りの三つの縛りから解放されているのである。
 その他、主人公一人称によるダウナー系文体の読みやすさ(もちろん主人公の性別が影響を与えている)、所々に挿入される未来の秘密兵器のシュールな設定(この設定によると、未来において人命は塵ほどの価値もなくなることが幾度となくあるようだ)説明などが評価されたが、小説技術としては特に情報の出し方、制御の上手さが非常に高く評価された。戦略系ゲームを題材とした小説特有のこうした特徴と秘密兵器による派手な演出や未来人の作った奇妙なゲームシステムの裏をかく策略などの組み合わせにより、本作は非常に面白いエンターテイメントになっている。
 本作は、独特なゲーム設定の元で、世界設定からくる自由度の高さ、キャラクター造形の自由さ、情報制御から生まれる驚きの展開など、(現在の巻数である)二巻ではもったいないほどの自由が、絶妙なバランスで破綻することなく詰め込まれている。一方で、その発想力豊かなイメージや、わくわくするなんでもありの展開からはある種の心地よい懐かしさを評者は感じる。ドラえもんほどとはいわないが、長く愛される作品になる可能性を持っていることは間違いない。

 形代小祈『異端児たちの放課後』
『異端児たちの放課後』はタイトルにもあるように、異端児たちの物語だ。主人公の少年はヒュドラである正体を隠し、人間社会で生きている。少女は魔法少女であり、ヒュドラを狩るために彼の前に現れる。少年は少女に襲われるが、黒髪のエルフ、群体生命の宇宙人に争い止められ、新宿の地下にある多世界へ繋がる高校へと放り込まれる。人間社会に上手く溶け込めなかった二人は、改造人間や魔法使いたちが暮らす学校で、普通の学校生活をはじめる。
 異能バトルのようにはじまった本作は、SFやファンタジーの複数世界が並列に存在する世界の物語として定義し直される。異世界をクロスオーバーさせる場合は、ベタに頼ってネタとして使われる場合も多いが、ここでは改造人間に魔法使い、失われた星の王子が一同に介する学校を当たり前に描いている。二人が通う学校ゼノアカデミアは、汎古典語で"異邦人の学校"を意味するというディテールに代表されるように、統一されたひとつの世界としての奥行きが感じられるつくりになっている。
 本作の最大の魅力は、そういった世界の豊穣さだけではない。そうした世界を下敷きにおいた上で、孤独だった少年と少女が居場所を獲得していく過程を丁寧に描いている点こそがそれだ。自己の出自を失っている二人の孤独には、それに裏打ちされる凄絶な過去がある。異端児とは、人間社会における異端児に他ならない。ヒュドラの正体を隠すことができなかった少年、魔法少女の任務のために非人間的な生活をしていた少女には生きることは不幸でしかなかった。そんな二人は、多世界の混じり合う学校では、もはや異端児ではなく不幸になる必要もない。本作はそうした愚直ともいえるドラマを確かな筆致で描き出した。また、不幸な少女を少年が救い出すという形ではなく、不幸だった二人がともに成長していく形になっている点も、本作の評価ポイントだった。残念ながら受賞は逃したが、決選投票でも評が割れた。受賞にも値する一作だったといえるだろう。


 賽目和七『人形遣い』
 昨今の二次元界隈のトレンドと言ってもいい美少女主人公作品群。ライトノベルというジャンルでもその流行の兆しは見えつつあるが、本作『人形遣い』の主人公・坂上神楽はそのなかにあっても一際異彩を放つ存在である。
「凄くかわいくて頭が良く、芸達者で器用で立ち振る舞いも完璧。ダイヤモンドもはだしで逃げ出すとまで謳われる、まぁごく普通の世界的天才美少女」――坂上神楽はそう自画自賛してはばからない、異能者《討魔》の一人。神楽はある日、人狼に襲われていた謎の吸血鬼少女を保護するが、そこには《討魔》の世界を揺らがす陰謀が秘められていて……。
 本作の魅力は、何と言っても、坂上神楽によって語られる一人称文体の圧倒的な面白さ。目の前に起こる事件や諸物を、時にはコミカルに、時にはクールに、時にはキュートな視点で神楽が滔々と語ってみせる。もちろんその面白さの根本には、まさにその視点人物たる彼女のユニークさがあるわけだが、それにしても、このぐいぐいと読ませる文体で展開される逃亡劇からは一時も目が離せない。中盤から終盤にかけてのテーマの取り回しの巧みさもあって、読み終わったあとの満腹感はひとしおである。

 永島裕士『フルスケール・サマー』
 転校前の学校でやり手の生徒会長だった主人公は、転校先の学校でクラスメイトであるヒロインから廃部寸前の模型部を救ってほしいと頼まれる。その模型部はかつて原寸大の戦車や装甲車を製作するという風変わりな活動を行なっていたが、やがて熱意と技術をもった部員たちが卒業し、あとにはヒロインと無数の原寸模型だけが残されたのだった。人並みの青春を送りたいという願望から、生徒会業務に身を捧げた過去を封印していた主人公は、模型部に手を貸すことにはじめは難色を示す。しかし、やがて彼は学校中から白眼視されるヒロインの境遇に同情し、模型部の廃部を目論む生徒会と対決しながら模型部存続のための実績作りとして原寸大の巨大ロボット製作に挑むことになる。
 原寸模型製作という「ものつくり」を題材にした直球の青春ライトノベルであり、エンターテインメントとしての完成度の高さは候補作の中でも随一といえる作品である。主人公と現生徒会長のスリリングな政治的駆け引き、ロボット製作の過程で徐々に深まっていく主人公と仲間たちとの絆、ロボットコンテストでの手に汗握る戦いなど、魅力的な要素に溢れた物語。主人公と彼を取り巻くキャラクターも生き生きと描かれており、400ページ弱というライトノベルとしては比較的長大な物語をぐいぐいと読ませるパワーは会員から一貫して高い評価を受けた。特に、ライトノベルの中では書く/書ける作家の少ない政治戦を巧みに描いた序盤や、コンテストに出場するために自作の装甲車でビッグサイトまで旅をするシーンなどを「お気に入り」のシーンとして挙げる会員が多かった。雑多な要素を詰め込んでいるため、ストーリーの焦点が学内政治から巨大ロボット製作へ、そして最終的にはプログラマー少女の内面的問題へと少しずつずれていることや、コンテスト終盤の横紙破りをどこまで読者が納得できる形で描けているかといった点が欠点や疑問点として挙げられたものの、全体として眺めれば、本作の魅力はそうした細かな瑕疵を補って余りあるものと言えるだろう。
 王道青春エンターテインメントとして高い完成度をもつ一方で、受賞作に推す決め手に欠けるという意見もあり、受賞には至らなかったが、過剰なほどに詰め込まれた要素とシーンの端々に作者の熱意と筆力を感じる作品である。続編であれ新作であれ、作者の次回作に大いに期待したい。

 一二三スイ『世界の終わり、素晴らしき日々より』
 抒情にあふれた作品である。
 ある日を境として、多くの人間が消滅した「終わってしまった」世界。そんな世界を旅するのは、天真爛漫な少女チィとタフな女性コウのコンビ。二人はチィの両親を捜し求めて放浪を続けている。ある日コウは、立ち寄った廃墟になったスーパーの倉庫で、一人の瀕死の兵士に出会い、とある因縁に巻き込まれていく……。
 終末世界紀行ものの一冊。繊細な筆使いで描かれる二人の旅路が読み手の心を掴む作品だが、それを大きく盛り上げているのは、二人の前に立ちはだかる兵士近川の存在感だ。破滅的な雰囲気の漂う終末世界のなかで交わされる人間模様、シンボリックに扱われる「酒」や「煙草」が醸し出す死の匂い、感傷的かつ激しいガン・アクション。やがて近川とコウの対決は、幾重にも張り巡らされたテーマと響き合って、哀愁を湛えた壮大なクライマックスシーンへと結実する。
 また、世界が「終わってしまった」ことについて、積極的な説明が加えられないのも本作品の特徴であり、また特長でもある。本作には大仰な舞台装置は登場しない。その設定的な欠落が、かえって「終わってしまった」原因と結果に伴う、登場人物たちの情念をくっきりと表出させ、本作の美しさに大きく寄与しているのである。

 松岡万作『もえぶたに告ぐ 〜DRAMATIC REVENGE STORY〜』
 主人公美少年萌蔵は、完璧超人かつ傲慢で冷酷な幼馴染、武尊に復讐するため女装している。復讐の機会を伺いつつ男の娘である役得を楽しんでいた萌蔵は、ある日萌えの妖精に出会い、彼女の能力を使って武尊を女性に性転換させ恥ずかしめるという非常に倒錯的な計画を考えつく。武尊を女にすることによって萌える物語になるかと思いきや、武尊は傲岸不遜すぎて全然萌えず、萌蔵は振り回される羽目に。逆に今まで信頼していた人物に弱みを握られ脅迫される。完膚なきまでに打ちのめされた主人公は逆ギレして逃走。混沌とした状況の中で主人公に決断が迫られる。
(女性に対して)むっつりスケベの男の娘と、女になっても全く動じず、性格の悪さのため全然萌えない元男という二重にTSものでありながらあえてジャンルに喧嘩を売っているような設定であるが、ここまでやってくれるなら逆に清々しささえ覚えるし、随所に挿入されるマニアックな倒錯的エロもいい。
また、復讐というシリアスな目的意識を導入し物語を引っ張ることで、カオスではあるが一本筋の通った話になっており、文体はハイテンションながらも伏線や展開、ギミックの使い方はしっかりしている。登場人物全員に二面性があるという点も含めて、ラノベというより勢いのある喜劇を観ているような感覚であった。ラストは、混沌とした、鎧袖一触の状況から、萌蔵の主人公らしい誠実な行為によって王道的なハッピーエンドになる、かと思いきやもうひと捻りとなる。
 エピローグ部分及びあとがきについては一部に疑問の声もあったが、物語の叙述まで「女性化」させることによって、異性装、女体化にプラスした三重のTSを狙ったものだと言えるのではないか。もちろんそこにはTSとしての楽しみはないが、ラストの一応の決着にかすかな萌えを感じてしまう豚、いや読者に対して決して安易に餌を与えまいとする作者の一貫した戦略とブラックなセンスを感じさせる。
 この異質な面白さと新奇性、まさに怪作ラノベである。


 コメントは以上になります。2014年もライトノベルにとって実りのある年でありますよう。それでは皆様、よいお年を。
posted by KUSFA at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本格ライトノベル大賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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