2010年10月17日

本格ライトノベル大賞各作品コメント

京フェスが終了してちょうど一週間が経ちました。本格ライトノベル大賞受賞作と各ノミネート作品の紹介コメントをお送りします。
※長いので格納。「続きを読む」からお進みください。


『アンチ・マジカル〜魔法少女禁止法〜』
アラン・ムーア原作の『ウォッチメン』というアメリカンコミックがある。一切のヒーロー活動が法によって禁止された80年代アメリカを舞台に、元ヒーローたちを狙った事件とその真相を追う一人の非合法ヒーローの行動を中心に据えつつ、偶像を離れた一人の人間としてのヒーローたちのドラマを冷戦下の社会不安とともに描いた名作だ。2009年に映画化もされ、大きな反響を呼んだ。
鋭い人ならあらすじを読んですぐ気付くだろうが、『アンチ・マジカル』は『ウォッチメン』におけるアメコミヒーローを魔法少女、80年代アメリカを現代日本に読み換えたパロディ作品である。歴代のアメコミヒーローを登場人物として起用した『ウォッチメン』自体が、ある意味でアメコミというジャンルそのものの壮大なパロディであったわけだが、そうした点から見れば『アンチ・マジカル』はパロディのパロディと呼ぶことができるかもしれない。もちろん、パロディと言っても舞台やガジェットを単純に置き換えただけでは元ネタ未読者どころか既読者すら楽しませることができないであろうことは明白だ。ゆえにそうした作品においては、元ネタとなった作品を下敷きとしつつもそこからどうやってテーマや物語をずらすか、というのが重要なポイントになる。
『アンチ・マジカル』はその点で秀逸な作品と言えるだろう。80〜90年代の有名魔法少女作品のキャラクターを巧みに登場人物の設定に引き写しつつ、アメコミパロディを魔法少女パロディとして見事に換骨奪胎している。パロディ作品を人に薦めるときの常套句である「元ネタを知らなくても楽しめる」はこの作品にも通用するが、とはいえこの作品を十全に楽しみたいと思ったら、『ウォッチメン』を読んだ上で、『ウォッチメン』の筋を辿ろうとする物語がアメコミヒーローから魔法少女へと架け替えられたレイヤーによってどのように屈折させられていくかを比較しながら読んでみて欲しい。『アンチ・マジカル』は『ウォッチメン』の単線的な引き写しではなく、魔法少女という別のコードを参照しているわけだから、ウォッチメン‐アメコミ⇔アンチ・マジカル‐魔法少女という二重のパロディ関係があり、そこに『アンチ・マジカル』の発想の面白さとオリジナリティがある。『ウォッチメン』の筋をほぼ正確になぞる序盤から、次第に魔法少女というテーマが前面に出てくる終盤へと読み進めれば、この物語が『ウォッチメン』と同じ結末に予定調和的に突き進むわけではないことが容易に見て取れるだろう。
上述のようなパロディとしての秀逸さと、お気楽なネタ作品として安易な「軽さ」に走ることなく、あくまで物語を『ウォッチメン』と同じシリアスな方向に進めようとする姿勢が会員の間で高く評価され、今回のノミネート、受賞の運びとなった。また、続き物であることが前提のストーリーのため、作品自体の高評価と合わせて続刊への期待がノミネート作の中で最も強かったというのも会員がこの作品を推したもう一つの要因である。

『破小路ねるのと堕天列車事件』
毎年、数十人の新人がデビューするライトノベル業界。何十冊もの新刊を読んでいると単純にできのいいだけの作品では満足できなくなってくる。刺激物とでも言えばいいのか、変化球作品を求める気持ちもわいてくる。新人らしい荒削りさ、一捻りではないひねくれ具合、そうした観点から選ばれたのがこの作品である。
全体はタイトルにあるように「堕天列車事件」と「破小路ねるの」の章の二章にわけられている。前半にあたる「堕天列車事件」の章では、なぜか450km先にあった電車が、高校の校舎に突き刺さるという奇想天外な事件にミステリ的な解決を求める。「島田荘司のようだ」とは作中で自己言及されるが、このミステリパートは(熱心なファンには怒られるかもしれないが)御手洗ものの短編のような推理の跳躍の面白さがある。このパートのできのよさが、ノミネートにつながったと言える。問題となるのは解決編となる「破小路ねるの」の章である。前半、超常現象抜きのミステリとして解決されようとしていた内容は、破小路ねるのという少女の心の問題へとすりかわっていく。非常にささいな伏線が解決につながるのは面白いが、この後半の展開と前半のミステリ部分の乖離が選考上の問題となった。前半は不要ではないかという点、後半の展開がパンチに欠けるという点、この二点が作品評価を二つにわけ、その対立から最終的に受賞には至らなかった。

『スワロウテイル人工少女販売処』
今回のノミネート作の中では唯一非ライトノベルレーベルから出版されている作品。とはいえ、リアル・フィクションでお馴染みのように、ハヤカワ文庫JAはライトノベルとの親和性が比較的高いレーベルである。作者が『θ 11番ホームの妖精』で電撃文庫から出版デビューしており、SFとしてのハードさを増しているとはいえ、本作もライトノベル的なキャラクター表現を引き継いでいることからノミネートの対象となった。
緻密に書き込まれた世界観とガジェットを下支えに人間と人工妖精との共生というテーマを描いた本作は、間違いなく今年度のSFの中でも屈指の意欲作である。中盤までの展開が比較的じっくり描かれている一方で、終盤の怒涛の展開は分量的に急ぎ足になってしまっている部分もあり、そうした点から構成面での瑕疵を指摘することは可能ではあるが、500ページ近い厚さをものともせずに読者を牽引する世界観の魅力、さらにそれだけの長さをもってしてもなお描き足りないテーマの広がりに対しては会員から一致して絶賛に近い評価を受けた。作品の面白さがあくまでライトノベルではなくSFとしての面白さではないか、などの意見もあり受賞には至らなかったが、作者への期待はSF研としてますます高まるばかりである。

『B.A.D』
今年のえんため大賞受賞作は、優秀賞の『空色パンデミック』と、同じく優秀賞である『B.A.D』、さらに特別賞『ココロコネクト』がそれぞれ三者三様の方向性で話題を呼んだ。昨年の受賞作『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』を以前このブログ上でプッシュしたことがあるように、最近のえんため大賞からは良作が次々と飛び出している。今年はそうしたえんため大賞受賞作の中から、京大SF研としてはこの『B.A.D』を一押しさせていただくことにした。
奈須きのこや甲田学人を彷彿とさせる伝奇ホラー、と言えば作品の雰囲気は一言で説明できてしまうが、その完成度は新人とは思えないほどに高い。手馴れた書きっぷりに現れている作者の筆力の高さは今年デビューしたすべての新人と並べてみてもおそらく一、二を争うだろう。正統派伝奇ホラーの書き手、しかも実力のある新人ともなるとなかなか見つかるものではなく、さらに同賞を受賞した他の二作と比べると設定が地味なため埋もれてしまうのではないかという危惧から、この機会に是非とも応援しておきたいという意図も込めてのノミネートとなった。
とはいえ、打ち切りペースの早いファミ通文庫で来月には四巻の刊行が予定されており、さらにコミカライズも決定しているため、少なくとも埋もれてしまうという危惧は杞憂に終わったようだ。完成度以外のパンチ力的な長所を探そうとするとやや決め手に欠けるということもあり、受賞には至らなかったが、続刊・コミカライズともに大きな期待を持てる作品である。

『竜王女は天に舞う』
ライトノベルにおけるファンタジーの射程は非常に広く、一言で王道ファンタジーと言っても人によって思い浮かべる作品や世界観が違うということはままある。しかし、そうした事情を考慮に入れるとしても、『竜王女は天に舞う』をライトノベル・ファンタジーの一つの王道的な流れを汲むものとして数えることについてはおそらく異論はあるまい。
魅力的なキャラクターとバランスのとれた設定構築、ストーリー展開もテンポがよく、ことにバトル描写の臨場感は素晴らしい。新人という範囲に限らずとも、昨今のライトノベル・ファンタジーの中では頭一つ抜けた完成度をもつ作品である。現在のところ三巻まで刊行されているが、三人のヒロインたちとの信頼関係をそれぞれ深めつつ、大目的の達成に向けて一歩ずつ着実に物語のステップをこなしており、巻が進むごとに安定感を増している印象がある。
作品としての完成度はノミネート作の中では『B.A.D』と並んで抜きん出ていたが、一点突破の長所に欠けること、すでに順調に巻数を重ねていることなどから受賞までには至らなかった。しかしながら、MFのファンタジーシリーズの中でひとかどの地位を占めるには十分な良作だろう。このままのペースで刊行が続いてくれることを願ってやまない。

『ストレンジボイス』
思春期のコミュニケーションを題材にし、社会への参入を描く上で、近年のライトノベルはオタク趣味ひいては中二病を通過すべき対象としてきた。『AURA』、『空色パンデミック』、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』などなど。それは読者層の問題もあるだろうし、流行り廃りの問題、ジャンルのコードの問題もある。実際、そのようなものを抜きにした学校での人間関係をテーマにした作品では川上未映子『ヘヴン』が昨年にベストセラーとなっている。とはいえ、ライトノベルで中二病などを駆使することなく、学校の人間関係のみのドラマが成立しないかといえば、そうではないだろう。『ストレンジボイス』はその境界に位置する作品と言えるだろう。
コミュニケーション不全を抱えた三人の少年、少女が学校という小さい社会から、卒業を契機に本当の社会へと出ていく過程を、挫折とともに描いた作品。あらすじにあるいじめられていた少年がいじめていた少年へと復讐を考えるのも、それを構成する一部でしかなく、三人が自らの異常を正常な周囲の人間を眺めることで、自覚し、折り合いをつけていくことがこの作品の眼目にあたる。生きにくいと感じる少女の語りで進むこの物語は、終始、砂を噛むような調子で語られ、大きなカタルシスも、あっと驚くような結論も待ち構えてはいない。しかし、そうした語りの中に、コミュニケーションを要求される社会の中でおとなになること、生きていくことの切実さがある。また、三人の子供だけの物語として描かれるのではなく、同じようにうまく生きられない子供たちをたくさん見てきた教師を、説教臭さや道徳を説くのでもない、絶妙なバランスで配置し、描いたことが評価の対象となった。
選考では、テーマ性に対する完成度の高さが特に評価され、最終的には『アンチ・マジカル〜魔法少女禁止法〜』と受賞を争うこととなった。二作からどちらを推すか、という場面では、テーマ性の切実さが確かに汲み取れるのか、コミュニケーション不全というテーマが「現在」にフォーカスしすぎているのではないか、という点が疑義としてあげられ、『アンチ・マジカル』とはかなり毛色が違うこともあり、評価はやはり二つに割れた。最初にも触れたとおり、ライトノベルでこの作品を描く必然性にも触れられ、決選投票の結果、『アンチ・マジカル』に惜しくも敗れることとなった。


以上、偉そうなことを書いてきましたが、ここに挙げたどの作品も面白く、推していることにはかわりありません。大上段に構えた賞でございますが、今後もよろしくお願いします。
posted by KUSFA at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 本格ライトノベル大賞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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