2010年01月23日

大学自称読書人大賞投票作品コメント

すっかり忘れてました。あけましておめでとうございます。本年も京大SF研をよろしくお願いいたします。

昨年末に書くといって、遅くなってしまった大学読書人大賞に投票した作品コメントですが、いい加減アップします。以下。

順不同で。各作品ともにコメントを。
『ハーモニー』 伊藤計劃
日本SF大賞も受賞しましたし、すでにSF業界の中では知名度が十分なように思えますが、SFは売れないジャンルなので対外的に売っていきたい。『虐殺器官』はかなり売れたようですが、SF的な衝撃、革新性、現在性すべてにおいて『ハーモニー』はここ数年のSFでも最大の収穫と言えましょう。日本 SF大賞受賞も故人に与えるという情けない理由ではなく、作品の力以外にありえません(それだけに伊藤計劃先生の早すぎる死を、惜しむ気持ちはいや強いわけですが)。小説的な瑕疵は少なくないですが、SFにはこれだけのことができる、と知らしめる昨年度最高の一冊。『ハーモニー』を薦めるために参加したといっても過言ではない。

『あなたのための物語』 長谷敏司
 未来史や円環少女、短編群に見られる情緒・感情的な盛り上げは抑え気味で、代わりに圧倒的なページ数が対話・議論・思索に割かれた特異な小説。したがって、今まで「長谷分」だと読者が思ってきたものは少なめ。たとえばこの作品を作者名を伏せてSFファンに読ませた時、作者が長谷敏司であることを見抜ける人間は皆無だろう。伊藤計劃と答える人間が10人中6人くらいか。
 このジャンルこの内容だとやはり伊藤計劃と比較せざるを得ないが、伊藤計劃が切実なまでの同時代性を伴っていた分、「死」という普遍的なテーマを扱った今作は、現時点で見れば、インパクト的に劣勢ではある(個人の話だしね)。ただ、それゆえにこそ10年20年と読み継がれていくのはこちらの方かもしれない。
 冒頭とラストの鮮烈さに目を奪われるが、その間にあった「物語」にどれほどの価値があるのか、これはそういうお話であり、「物語に人を救うことはできるのか」という究極的な命題への、ド正面からの回答でもある。
 「本格SF」の惹句は間違っておらず、ITP研究の進捗と、病状の悪化を車輪として進むストーリーは、非エンタメで、SF的な思弁以外の要素がほぼ排除されている。したがって、SFファンでない方にも安心して勧められるかは迷うところ。が、いずれにせよ、傑作SFであることは疑いない。個人的には本年度日本SFの2位に位置づける。
 馬鹿の一つ覚えのように価値観の相対化を繰り返し、その時点で思考停止する脳科学“SF”の時代は、伊藤計劃と長谷敏司によって幕が引かれた。2010年以降に「脳」を扱うSF作家は、またそれより先の世界を見せなければならないだろう。

<さよならの次にくる> 似鳥鶏
米澤穂信フォロワーとして、かえって売れ損ねている感のある鮎川哲也賞受賞新人シリーズ、第二作(上下巻という考えでいいのか?)。
もはや創元推理の十八番!最後に全体が一つに繋がる構成が爽快なミステリ短編連作。
さらに青春ミステリとなれば米澤穂信を彷彿とさせますが、ミステリ的な仕掛けへのこだわりでは米澤穂信をも凌駕するといって過言ではないでしょう。まさに期待の新人です。
処女作<理由あって冬に出る>では少し物足りなく感じたキャラクター面の強化っぷりは、もう期待に答えてくれたの一言!!今後予想される、一筋縄じゃいかない二人のメガネっ娘(?)との三角関係とか、もう想像しただけでお腹いっぱいです!!
今後も期待していますよ!似鳥先生!

『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』 石川博品
ネタを矢継ぎ早に繰り出すという昨今のライトノベルでの芸の一つが、もっとも極まった形。妄想垂れ流しテキストが非常に人を選びますが、ロシア文学+ラノベというそれやってどうするんだ度数が昨年度最大だった点で推薦。またの名をライトノベル枠。新人以外押してもつまらないので、SFが読みたいと並んで、こういう場ではほぼ原則新人を選択しています。今年はニャル子とかロウきゅーぶとか新人作品も豊作でしたが、サークル内でも評判がよいものはすでに世評が高まっているため、比較的毀誉褒貶の激しいネルリが選択されました。でもこのラノでわりと上だったんだよなあ(めでたいけど)。薦めなくてもよかったのかも。

『よいこの君主論』 架神恭介、辰巳一世
文庫化作品ですが、文庫化に際して、イラストが刷新され、タイトルもかわり、本として別物になっていると判断したため、候補に。君主論に対する確かな理解と愛情が、まわりくどい冗談を支えていて、ただの一発ネタになっていない点も高評価。あとカップリング萌え。

京大のサークルということで、森見登美彦に入れたと思われたかもしれませんが、すでにブームが去って定着したので入れていません。売れてるし。

ところで大学読書人大賞だよりなるものがあったのですね。>http://www.jpic.or.jp/dokushojin/news/readmepdf/readme2010_2.pdf(リンク先PDF注意)
各参加サークルが投票した作品についてコメントする場はないのに、実行委員がおすすめの本をこうして紹介できるのは役得ということでしょうか。紹介しているのが必ずしも投票している作品とは限らないようで。まさかここでも『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を見ることになるとは……。

参考→http://twitter.com/sato2/status/7402927114
posted by KUSFA at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | その他活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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