2009年01月16日

Workbook 電子篇(後編)これが年刊日本SF傑作選2008だ!

まずは言いわけから。

長いんですよ。文芸作品って。

藤野可織「溶けない」(『文學界』2008年2月号)も、青木淳悟「このあいだ東京でね」(『新潮』2008年9月号)も、間宮緑「実験動物」(『新潮』2008年8月)も日和聡子「ヤンヌ・レーセン」(『すばる』2008年5月号)も三崎亜記「図書館」(『小説すばる』2008年10月号)も!

明らかに年間傑作選に入れるのは無理なくらい長い。

昨年の中原昌也と福永信のことをかんがみれば、一編であまり長いものは取られないはず。……と思って探せど探せど、「文芸系の作家で」「SFを感じさせ」「短い」この条件を満たすものがない!だからこそ下書き段階では舞城の掌編が入っていたりしたのですが。
やっとのことでどうにか

「青木淳悟」「川上未映子」

この二人が今年は入る、そう絞りきって予測したものの……
ともあれ、作品ラインナップから。


@飛浩隆 「はるかな響き Ein leiser Tone」(NTT出版『サイエンス・イマジネーション』)

A小林泰三 「時空争奪」(早川書房Jコレクション『天体の回転について』)

Bタタツシンイチ 「奴等」(光文社『異形コレクション 未来妖怪』)

C藤田雅矢 「ブルームーン」(THE BIG ISSUE JAPAN103号)

D円城塔「後藤さんのこと」(『ex-po』vol1〜vol6)

E川上未映子「戦争花嫁」(『早稲田文学』 1)

F法月綸太郎「ノックス・マシン」(野性時代2008年5月号)

G谷甲州「産医、無医村区に向う」(『SF Japan』2008 SUMMER)

H野尻抱介「南極点のピアピア動画」(『SFマガジン』2008年4、5月号)

I川上弘美「にわとり地獄」「事務室」 (『モンキービジネス』「このあたりの人たち」♯1、♯2)

J青木淳悟「夜の目撃談」(『早稲田文学』 2)

K伊藤計劃 「From the Nothing, with Love」(『SFマガジン』2008年4月号)

L吉川良太郎 「吸血花」(『SF Japan』2008 WINTER)

M瀬名秀明 「鶫(つぐみ)と(ひばり)」(NTT出版『サイエンス・イマジネーション』)

N小川一水 「青い星まで飛んでいけ」(『SFマガジン』2008年7月号)


恒例となったセリフだが、これは「ぼくの選んだ今年のベスト」のようなものではない。谷崎由衣や平山瑞穂や樺山三英が入っていないのがその証拠。あくまで編者二人が何を入れてくるかの予想ゲームである。


たとえば原体験の共有がなくピンとこなかった「奴等」はマイベストには入れないだろうし、逆にマイベストを編むなら長さや品位を気にせず、平坂読「滅亡惑星調査記録$#801*43号(日本語翻訳版)〜創聖の新世紀セーラー服リリカル機動魔法勇者戦艦ガンダゲリオンF〜」を入れるところだ。

ともあれ、各作品の選出理由については「続きを読む」からどうぞ。読むときに興を削いではいけないので作品内容のネタバレは控えた。

@飛浩隆 「はるかな響き Ein leiser Tone」(NTT出版『サイエンス・イマジネーション』)

前回も述べたが、2008年のキーポイントは「クラーク追悼」。例のシーンから始まるこの作品を冒頭に持ってくるというアイデアは自画自賛したいほどである。


A小林泰三 「時空争奪」(早川書房Jコレクション『天体の回転について』)

実は、今回の予想の要石である。
「時空争奪」が収録されなかった場合、『未来妖怪』に載った

「試作品三号」

が収録される公算が高く、するとそれと対置する形で妖怪作家がSFに向けた作品、つまりは
林巧「エイミーの敗北」、化野燐「Youkai名彙」
などを入れたくなるのも人情であり、すると若手のジャンルSF作家の作品が少なくなりすぎるのでSFJapanで調整し……とドミノ式に計算が狂うためである。

単行本書き下ろし作品は注目されることが少ないため入って欲しいとも思う。


Bタタツシンイチ 「奴等」(光文社『異形コレクション 未来妖怪』)

前項にも垣間見えるとおり、異形コレクション「未来妖怪」からの予想は異常に難題である。順当に選べば

平谷美樹「黒いエマージェンシーボックス」か、八杉将司「産森」

かとは思うが、「虚構機関」に入った作家を避けて、普段妖怪を書いている作家がSFに寄せた作品が入る可能性も捨てがたく、悩みに悩みぬいたあげく、「ええい、ままよ」とこれを選んだ。

「日本SF全集」に「シズカの海」を入れるのと同じく、ある世代のノスタルジーを掻き立てようという戦略なのである。


C藤田雅矢 「ブルームーン」(THE BIG ISSUE JAPAN103号)

掌編。関西大学でビッグイシューのバックナンバーフェアをやっていなかったら存在自体に気づかなかっただろう。

「虚構機関」にショートショートが多数含まれていたのが、星新一イヤーのためだとは理解していても、やはり短い作品は長いものより入りやすいというイメージはある。(だからこそ、下書き段階では舞城の掌編が入っていたりした。)

なお、

藤田雅矢「釘拾い」、菅浩江「おくどさん」

などを収録した『異形コレクション 京都宵』からは収録作品はない。これはジャンルSFに寄った作品に乏しかったためである。


D円城塔「後藤さんのこと」(『ex-po』vol1〜vol6)

今年の円城塔の仕事をまとめると、

「Goldberg Invariant 」「Gernsback Intersection」(『Boy’s surface』 2008年1月25日)

「物語《GC Equation》」(『科学』2008年4月号)

「The History of the Decline and Fall of the Galactic Empire」(『S-Fマガジン』2008年4月号)  

「烏有此譚」(『群像』2008年5月号)

「いわゆるこの方程式に関するそれらの性質について」(『すばる』2008年6月号)

「さかしま」(2008年6月27日公開、のち『サイエンス・イマジネーション』掲載)

「祖母の記録」(『モンキービジネス』 2008 Fall vol.3.5 ナイン・ストーリーズ号)

「ベビーロイド」(『ユリイカ 増刊号 総特集=初音ミク』 2008年12月12日発売)

「考速」(『早稲田文学2』2008年12月29日発売)

「後藤さんのこと(連載、全六話)」(HEADZ『ex-po』)

それとウェブ上で読める短編である。

作品の長さを考慮すると、年刊傑作選に入りそうなのは

「烏有此譚」
「いわゆるこの方程式に関するそれらの性質について」
「祖母の記録」
「考速」

である。その中から、狂乱はまず、ギアが高くボリュームもある

「烏有此譚」

を選出した。

とはいえ、「虚構機関」では、同人誌「イルクーツク」から作品が選ばれたことを鑑みると、手に入れるのさえ一苦労の、存在そのものが飛び道具のような雑誌『ex-po』から「後藤さんのこと」が収録される可能性は極めて高い。

が。そもそもex-poが書そのへんの書店で入手できないという由々しき事態により、狂乱はこの作品を読むどころかex-poを見つけることさえできなかった。

はたして、長さすらわからない読んでいない作品を年刊傑作選予想に入れるのは倫理的にセーフなのかどうか、人として間違っていやしないか相当悩んだが、いまさら後悔しても手遅れのような気がして突っ込んだ。

……これでもし「烏有此譚」が収録されればしばらくギャンブルはよそうと思う。


E川上未映子「戦争花嫁」(『早稲田文学』 1)

川上未映子は文芸系でも極めて収録可能性の高い作家である。遅ればせながら今回はじめて川上未映子を読んだのだが、評判どおり文章の力が圧倒的で、この作品が読めただけでも予想企画をやった甲斐はあったというもの。

『モンキービジネス』収録の詩

「バナナフィッシュにうってつけだった日」

との間でかなり迷わされたが、朗読CDまで作られたこちらを選択した。

実は、「バナナフィッシュにうってつけだった日」や

「あなたたちの恋愛は瀕死」(『文學界』2008年3月号、のち『乳と卵』収録)
を入れたほうが、早稲田文学からの収録作が一つで済むため座りはよいのだが、一番SF(的ななにか)を感じたのは「戦争花嫁」だった。


F法月綸太郎「ノックス・マシン」(『野性時代』2008年5月号)

SFプロパーでない作家の作品が収録された場合、年刊傑作選がより多くの人の目に止まることになる。

……というわけでYom Yomを過去最大の売り上げに導いた

小野不由美「丕緒の鳥」

を強引に入れようとしていたのだが、この作品の発見で交代となった。

ミステリ特集号にこんな作品が載っているのは卑怯だが、毎年一本くらいこういうサプライズがあってほしいものです。


G谷甲州「産医、無医村区に向う」(『SF Japan』2008 SUMMER)

日本宇宙SFを語る上では、新鋭二人だけでなく、このベテラン作家を欠かすわけにはいかないだろう。

できれば今巻は、日本SF全集の第六巻くらい宇宙SFの密度を高めたかった。そういう意味では、

橋元淳一郎「紫青代の始まり」(『SF Japan 2008』 WINTER)

が宇宙SFでなかったことは残念である。


H野尻抱介「南極点のピアピア動画」(『SFマガジン』2008年4、5月号)

現在の日本宇宙SFを語る上では外せない作家。今年の発表作は

「黎明期の出会いU」

とこの作品だけで、「黎明期の出会いU」がシリーズものの一編であることを考慮してこちらを。

なお、モチーフの点では、円城塔「ベビーロイド」を収録し、隣に配置するという案もあるかもしれないと思ったり。


I川上弘美「にわとり地獄」「事務室」 『モンキービジネス』「このあたりの人たち」♯1、♯2

『モンキービジネス』や『早稲田文学』の掲載作には、どれもが年刊傑作選に入りそうな風格がある。特に、『モンキービジネス』に

「果実」

などを発表している古川日出男が怪しかったが、今回はNW-SFにも寄稿経験がある大ベテランの連載から。


J青木淳悟「夜の目撃談」(『早稲田文学』 2)

 前衛作

「このあいだ東京でね」「TOKYO SMART DRIVER」

を入れたいのは山々だったが、どうしても長さ的に無理が出る。編者がなるべく掲載誌を散らしてくるだろうことを考えれば、予想屋としては忸怩たる思いだ。

なお、文芸作家では青木淳悟、川上未映子のほかに、間宮緑、井村恭一、海猫沢めろん、谷崎由衣などさまざまな作家が候補に挙がった。


K伊藤計劃 「From the Nothing, with Love」(『SFマガジン』2008年4月号)

この作品が存在するおかげで「全問不正解」という悪夢だけは免れえることがありがたい。

伊藤計劃の短編はクオリティが圧倒的に高いので毎年傑作選に入り続けてもおかしくないと思う。なお、SFマガジン読者賞をとった

桜坂洋「ナイト・オブ・ザ・ホーリー・シット」

が入っていないのは、何か含むところがあるわけではなく、ただ単純にシリーズものの一編だからレギュレーション的に(たぶん)入らないからである。


L吉川良太郎 「吸血花」(徳間書店『SF Japan』2008 WINTER

「最大の当たり年だった」とよく言われる第二回日本SF新人賞の受賞者の一人から。もう一方の受賞者である谷口裕貴が発表しているのはシリーズものなので除外。

今年のSFJapanは、シリーズものが多くなったことや、ファンタジーよりの作品が多くなったことで極めて年刊傑作選への選出が難航した。特集が「吸血鬼」とか「驚きの続編」だったりしたのがその理由。

八杉将司「カミが眠る島」

と迷いました。


M瀬名秀明 「鶫(つぐみ)と(ひばり)」(NTT出版『サイエンス・イマジネーション』)

「クラーク追悼」に並ぶ今年のもうひとつのトピックは『answer songs』企画。飛浩隆に続き、企画自体の立役者にもご登場願った。

サイエンス・イマジネーションからもう一本、昨年に続いて

堀晃「笑う闇」

を入れるとか、ことし「神獣聖戦」を書いた

山田正紀の「火星のコッペリア」

を入れるという案もあったけれど、「一冊の本から三本も取るのは忌避されるのでは?」と思い二本にとどめた。

N小川一水 「青い星まで飛んでいけ」(『SFマガジン』2008年7月号)

この傑作選の半ばほど、文芸勢の間辺りに、SFマガジンから谷崎由衣や平山瑞穂や樺山三英を引っ張ってくる案も魅力的ではあった。(このうち一人か二人くらいは年刊傑作選に入るのではないかと思う)。

しかしやはり今年は宇宙SF を優先で。小川一水には「小説宝石」に載った

「おれたちのピュグマリオン」

などもあるのだが、やはり今年はクラークオマージュでしめるだろう、との予想。


この企画にかまけていて単位を二つ落としてしまった。どうしよう。それはともかく。予想の正解数に従って、狂乱は「前篇」であげた罰ゲームを受けることになる。年刊傑作選に「二重写し」が入った場合、罰ゲーム受刑者は狂乱ではなく「二重写し」の作者となる。罰ゲームの詳しい内容は前篇を読んでください。
ラインナップ(の一部)発表まであとわずか。どうか固唾をのんで見守っていただきたい。狂乱は東京に行けないから発表を聞けないけれど。
posted by 狂乱 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑多 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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